この記事の結論

Google Workspace では、Vault の保持ルールによってユーザーが削除してもデータを残す設定ができます。ただし何を行政文書として扱うかは技術ではなく制度側の判断で、情報部門が単独で決めるものではありません。文書主管課・法務担当と範囲を整理してから設定に落としてください。最大の構造問題はマイドライブです。個人に紐づくため、組織として管理している状態を作れません。

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まず制度の枠組みを整理する

議論の出発点として、国と地方で制度が異なることを押さえてください。ここを混同したまま設計を進めると、根拠のない要件が独り歩きします。

制度国の行政機関地方公共団体
文書管理公文書等の管理に関する法律が適用される同法の趣旨にのっとった施策の策定・実施が努力義務。実際の運用は各団体の規程・条例による
情報公開情報公開法各団体の情報公開条例

つまり自治体では、自庁の文書管理規程と情報公開条例が一次的な根拠になります。システム設計の前に、まずこの2つを読んでください。ベンダーの提案書や他団体の事例より優先されます。

なお、本記事は制度の解釈を示すものではありません。実際の判断は文書主管課・法務担当と行ってください。

メールやチャットは行政文書か

最も難しい論点です。一律には決まりません。判断の軸になるのは、組織的に用いるものとして保有している状態かどうかで、具体的な定義は自庁の規程によります。

実務上、次のような整理が必要になります。

対象検討する観点
庁内の連絡メール意思決定の経緯を含むか、単なる日程調整か
外部との協議メール合意内容や条件が記録されていないか
チャットのやり取り決裁前の検討が完結していないか
共有ドライブ上のファイル決裁済みの文書か、作業中の版か
個人のメモ・下書き組織的に用いる状態にあるか

ここを情報部門が独自に決めてはいけません。技術的には「すべて保持する」ことも「何も保持しない」こともできますが、その判断は制度側の責任です。情報部門の役割は、決まった方針を設定として実装し、実装できない部分を明示することです。

保存年限を技術で担保する

Google Workspace では、Vault の保持ルールによって対象と期間を指定してデータを保持できます。保持期間中はユーザーが削除しても残るため、規程上の保存年限に対応させる設計が可能です。

設計時の論点は3つあります。

  • 区分の粒度が合わない:規程は「1年」「3年」「5年」「永年」といった年限区分ですが、システム側の設定単位は組織部門やサービス単位です。文書の内容に応じた年限を機械的に割り当てることは容易ではありません
  • どこまで自動化するか:全体に長めの保持をかけて一律に残す方法と、区分ごとに細かく設定する方法があります。前者は単純ですが保存量が増え、後者は正確ですが運用が重くなります
  • 削除の担保:保存年限を超えたものを確実に消せるか。「残せる」だけでなく「消せる」ことも文書管理の要件です

3番目は見落とされがちです。保存年限は「それまで残す」と同時に「それを過ぎたら廃棄する」という意味を持ちます。永久に残す運用は、規程との整合という観点では正しくありません。

マイドライブという構造問題

技術面で最大の問題がこれです。マイドライブのファイルは個人に紐づきます。

この構造が生む問題は次のとおりです。

  • 担当者が異動・退職すると、組織としてアクセスできなくなる
  • アカウントを削除すると、中のファイルも失われる
  • 「組織的に用いるものとして保有している」状態と言いにくい
  • 開示請求時に、どこに何があるか把握できない

対策は運用設計しかありません。業務で用いるファイルは共有ドライブに置くことを前提にしてください。共有ドライブのファイルは組織に帰属するため、担当者が変わっても残ります。

ただしルールを決めるだけでは徹底されません。マイドライブへの保存を技術的に制限する、定期的に棚卸しして共有ドライブへ移す、といった運用と組み合わせる必要があります。アカウントのライフサイクル面は自治体職員のアカウント管理と人事異動で扱っています。

開示請求が来たときの実務

情報公開請求への対応は、次の流れになります。

段階やることシステム面の論点
1. 範囲の特定請求内容から対象となる文書の範囲を決めるどこに保存されているかを把握できているか
2. 検索・抽出対象を検索し、書き出す誰が検索権限を持つか。検索操作自体が記録されるか
3. 内容の精査不開示情報の有無を確認する個人情報や協議中の情報の判別
4. 開示部分開示の場合はマスキングして提供加工した版と原本の対応関係を残せるか

システム面で事前に決めるべきは2番目です。Vault の検索・書き出し権限は強力で、全職員のメールを横断的に検索できます。この権限を誰が持ち、どういう手続きで行使するかを先に決めておかないと、その操作の妥当性を後から説明できません。

請求が来てから権限を作るのでは遅すぎます。権限の付与記録と、実際に検索を行った記録の両方が残る状態にしておいてください。

チャットと会議記録

メールに比べて整理が遅れがちなのが、チャットとオンライン会議です。

  • チャット:決裁前の検討が完結していることがあります。ここが残っていないと、意思決定の経緯を説明できません
  • 会議の録画:録画するかどうかの方針、録画した場合の保存期間、参加者への周知
  • 共同編集の履歴:誰がいつ何を変更したかの記録が、経緯として意味を持つ場合があります

技術的にはいずれも保持の対象にできます。しかし保持できることと、記録として扱うべきかは別の問題です。すべて残す方針にすると保存量と開示対応の負荷が増え、残さない方針にすると経緯が追えなくなります。

この判断も制度側の整理が先です。情報部門は選択肢と影響を示す立場に徹してください。

設計時に決めること

順序決めること担当
1自庁の文書管理規程・情報公開条例を読み、行政文書の定義を確認する文書主管課・法務
2メール・チャット・会議記録をどう位置づけるかを整理する文書主管課・法務
32を踏まえ、保持ルールの対象と期間を設計する情報部門
4マイドライブの扱いと、共有ドライブへの集約方法を決める情報部門
5Vault の検索・書き出し権限を持つ者と、行使の手続きを定める情報部門・文書主管課
6保存年限を超えたデータの廃棄手順を定める情報部門・文書主管課

1と2を飛ばして3から始めると、根拠のない設定が残ります。「なぜこの期間なのか」を説明できない保持ルールは、監査や請求対応の場で問題になります。

よくある質問

公文書管理法は自治体にも適用されますか?

公文書等の管理に関する法律が直接の対象としているのは国の行政機関等です。地方公共団体については、同法の趣旨にのっとって文書の適正な管理に関する施策を策定・実施する努力義務が定められています。実際の運用は各団体の文書管理規程や条例に基づくため、まず自庁の規程を確認してください。

メールは行政文書に当たりますか?

一律に決まるものではありません。組織的に用いるものとして保有している状態かどうかが判断の軸になり、自庁の文書管理規程での定義に従います。重要なのは、この判断基準を情報部門が独自に決めないことです。文書主管課や法務担当と整理したうえで、システム側の設定に落としてください。

保存年限はどうやって技術的に担保しますか?

Google Vault の保持ルールを使うと、対象と期間を指定してデータを保持できます。ユーザーが削除しても保持期間中は残るため、規程上の保存年限との対応を設計できます。ただし規程の年限区分とシステムの設定単位は必ずしも一致しないため、どこまで機械的に対応させるかの判断が要ります。

開示請求が来たとき何をすればよいですか?

対象の範囲を確定し、検索して抽出し、不開示情報を検討したうえで開示するという流れです。システム面では、誰がどの範囲を検索できるか、検索と書き出しの操作自体が記録されるかを事前に決めておく必要があります。請求が来てから権限を作ると、その操作の妥当性を説明できません。

マイドライブに保存されたファイルはどう扱うべきですか?

業務で用いるファイルはマイドライブではなく共有ドライブに置く運用を前提にしてください。マイドライブは個人に紐づくため、担当者の異動や退職でアクセスできなくなり、組織として管理している状態と言いにくくなります。

チャットやオンライン会議の記録も対象になりますか?

内容によります。意思決定の経緯がチャットで完結している場合、それを記録として残さないと経緯が追えません。どの範囲を記録として扱うかを文書管理の方針として決め、そのうえで保持の設定を行ってください。技術的に保持できることと、記録として扱うべきかの判断は別の問題です。

まとめ

自治体の文書管理は、公文書管理法が直接適用される国の行政機関とは枠組みが異なります。根拠になるのは自庁の文書管理規程と情報公開条例です。設計の前に、まずこの2つを読んでください。

Google Workspace では Vault の保持ルールで保存年限に対応する設計ができますが、何を行政文書として扱うかは制度側の判断です。情報部門は決まった方針を設定に落とし、実装できない部分を明示する立場に徹してください。

技術面の最大の問題はマイドライブです。個人に紐づくため、組織として管理している状態を作れません。業務ファイルは共有ドライブに置く前提とし、技術的な制限と定期的な棚卸しを組み合わせてください。そして Vault の検索権限は全職員のメールを横断できる強い権限です。誰が持ち、どう行使するかを請求が来る前に決めておいてください。