IT戦略・ITガバナンスとは

IT戦略とは

IT戦略とは、経営戦略の実現を支えるためにITをどう活用するかを定めた方針・計画です。「どの業務にどんなITツールを導入するか」という個別の判断ではなく、経営目標の達成に向けてIT投資の方向性を定め、優先順位をつける上位の意思決定を指します。

たとえば「3年以内に売上を1.5倍にする」という経営目標があるとき、IT戦略は「営業プロセスをCRMで可視化し、受注率を20%向上させる」「基幹システムをクラウド化して拠点拡大のスピードを上げる」といった形で、経営目標をITの言語に翻訳します。

ITガバナンスとは

ITガバナンスとは、IT戦略が適切に実行されるよう、組織全体でITの利用・投資・リスクを統制する仕組みです。「IT投資の意思決定プロセス」「セキュリティポリシー」「IT資産の管理ルール」「IT予算の承認フロー」などの制度的な枠組みを整備し、ITが経営の価値創出に寄与することを保証します。

IT戦略が「何をやるか」を決めるのに対し、ITガバナンスは「どうやって正しく実行し続けるか」を担保する仕組みです。

📌 IT戦略とITガバナンスの関係

IT戦略 = 経営目標を達成するためのIT活用方針(What / Why)
ITガバナンス = IT戦略を適切に実行・統制する仕組み(How / Who)
この2つは車の両輪であり、どちらか一方だけでは機能しません。

なぜ中小企業にIT戦略が必要なのか

① 「場当たりIT投資」の累積コスト

IT戦略がない企業では、各部門がバラバラにSaaSを契約し、似た機能のツールが乱立する「シャドーIT」が発生します。1つ1つの契約額は小さくても、年間で合算すると数百万円規模の無駄遣いになっていることは珍しくありません。IT戦略を定めることで、投資の重複を排除し、限られたIT予算を最も効果の高い領域に集中させることができます。

② DX推進の前提条件

DX(デジタルトランスフォーメーション)は、単にツールを導入することではなく、デジタル技術を活用してビジネスモデルや業務プロセスを変革することです。この変革を実行するには、経営レベルでのIT活用方針=IT戦略が不可欠です。戦略なきDXは「デジタル化」にとどまり、競争優位にはつながりません。

③ セキュリティ・コンプライアンス対応

個人情報保護法の改正、政府統一基準群への準拠、取引先からのセキュリティ要件——中小企業にも求められるセキュリティ水準は年々高まっています。ITガバナンスの仕組みがなければ、これらの要件に組織として一貫した対応ができず、インシデント発生時に「誰が何を判断するのか」が不明確になります。

④ M&A・事業承継への備え

M&Aや事業承継の際、IT環境の実態把握(IT-DD:IT Due Diligence)は必須のプロセスです。IT戦略とガバナンスが整備されていれば、IT資産・ライセンス・契約・セキュリティ状況を速やかに開示でき、企業価値の毀損を防ぐことができます。

IT戦略策定の5ステップ

Step 1:経営戦略の理解と整合

IT戦略は経営戦略の下位に位置します。まず経営層と対話し、中期的な事業目標(売上成長、新規事業、拠点拡大、コスト削減など)を明確にします。IT戦略はこの経営目標を実現するためのIT施策の優先順位として定めます。

Step 2:IT現状の棚卸し

現在利用しているIT資産を網羅的に把握します。具体的には以下の項目を洗い出します。

  • SaaS/クラウドサービス:利用中のサービス一覧、契約金額、管理者、利用者数
  • オンプレミスシステム:サーバー構成、OS/ミドルウェアのバージョン、ライセンス状況
  • ネットワーク:回線契約、帯域、VPN構成、Wi-Fi環境
  • 端末:PC/モバイルの台数、OS、購入時期、管理状態
  • IT予算:過去3年のIT支出内訳(ハード/ソフト/保守/人件費)

Step 3:課題の特定と優先順位付け

棚卸しの結果と経営目標を照らし合わせ、ギャップを洗い出します。課題は「緊急度」と「経営インパクト」の2軸で優先順位を付けます。

経営インパクト大経営インパクト小
緊急度高🔴 最優先で対応
(例:セキュリティ脆弱性)
🟡 早期に対応
(例:老朽PCの更新)
緊急度低🟡 計画的に実施
(例:基幹システム刷新)
🟢 余力で対応
(例:社内ツールの統合)

Step 4:IT施策のロードマップ化

優先順位に基づき、3年程度のIT中期計画としてロードマップを策定します。各施策に対して、目的、期待効果、概算コスト、スケジュール、責任者を明記します。

Step 5:経営層への提案と承認

IT戦略を経営層に提案し、承認を得ます。ここで重要なのはIT用語ではなく「経営の言葉」で説明することです。「Intuneを導入する」ではなく「端末の紛失・盗難時に情報漏洩を防止する仕組みを導入し、取引先のセキュリティ要件に対応する」と伝えることで、経営層の理解と予算確保につながります。

ITガバナンスの4つの柱

柱1:IT投資の意思決定プロセス

IT投資は「誰が」「何を基準に」「どの金額まで」承認するかを明文化します。中小企業では以下のようなシンプルな承認フローが有効です。

投資金額承認者必要な資料
〜50万円IT責任者導入理由書
50〜200万円部門長 + IT責任者導入理由書 + 比較検討資料
200万円〜経営層(取締役会)投資計画書 + ROI試算

柱2:セキュリティポリシーとルール

組織全体のセキュリティ方針を文書化し、全社員に周知します。最低限定めるべき項目は以下の通りです。

  • パスワードポリシー:12文字以上、MFA必須、使い回し禁止
  • 端末利用ルール:BYOD可否、暗号化必須、紛失時の対応手順
  • データ分類と取扱い:機密/社外秘/社内の3段階分類と取扱いルール
  • インシデント対応フロー:発見→報告→初動対応→復旧→再発防止の手順
  • SaaS利用ルール:未承認SaaSの禁止、個人アカウントでの業務利用禁止

柱3:IT資産・ライセンス管理

PC、サーバー、ネットワーク機器、SaaSアカウント、ソフトウェアライセンスを一元管理します。入退社時のアカウント発行・失効を確実に実行し、「退職者のアカウントが残っている」「誰も使っていないSaaSに課金し続けている」といった問題を防ぎます。

柱4:定期的な評価と改善(PDCAサイクル)

ITガバナンスは一度整備して終わりではなく、定期的に評価・改善するサイクルが必要です。

  • 四半期:SaaSの利用状況レビュー、IT支出の予実管理
  • 半年:セキュリティポリシーの見直し、IT資産棚卸し
  • 年次:IT戦略の進捗評価、次年度IT予算策定、経営層への報告

フレームワーク活用:COBITとISO 38500

COBIT(Control Objectives for Information and Related Technologies)

COBITはISACA(情報システムコントロール協会)が策定したITガバナンスの国際的なフレームワークです。最新版のCOBIT 2019では、ITガバナンスを「評価(Evaluate)」「方向付け(Direct)」「モニタリング(Monitor)」の3つの活動で定義し、40のガバナンス/マネジメント目標を体系化しています。

中小企業がCOBITの全項目を実装する必要はありませんが、以下の考え方は参考になります。

  • ビジネス要件とITの整合:ITはビジネス目標の達成手段である
  • リスクベースの意思決定:すべてのリスクに対応するのではなく、ビジネスインパクトに応じて対応レベルを決める
  • ステークホルダーの明確化:ITに関する意思決定者・責任者を明確にする

ISO/IEC 38500

ISO 38500は、ITガバナンスに特化した国際規格です。経営層がITの利用を指示・統制・評価するための6つの原則(責任、戦略、取得、パフォーマンス、適合性、人的行動)を定めています。中小企業においては特に「戦略(ITは経営計画に沿ったものとする)」と「責任(ITの利用に対する責任を明確にする)」の2原則を意識することが有効です。

💡 中小企業はフレームワークの「エッセンス」を活用する

COBITやISO 38500は大企業向けに設計された包括的なフレームワークです。中小企業が全項目を実装しようとすると形骸化します。フレームワークの考え方(ビジネスとの整合、リスクベース、PDCA)を自社の規模に合わせて簡素化して取り入れることが現実的です。

IT中期計画の作り方

3年間のロードマップ例

時期施策カテゴリ施策例
1年目
基盤整備
セキュリティMFA全社展開、Intune導入、セキュリティポリシー策定
IT資産管理PC/SaaS台帳整備、老朽PC更新、ライセンス棚卸し
クラウド移行メール/ファイルサーバーのM365移行
2年目
効率化
業務システム基幹業務のクラウド化、ワークフロー電子化
データ活用Power BIによる経営ダッシュボード構築
ネットワーク拠点間VPN刷新、Wi-Fi 6導入
3年目
高度化
AI活用Copilot導入、AI活用の社内研修
自動化Power Automateによる定型業務の自動化
BCPDR環境構築、IT-BCP策定・訓練

IT中期計画に盛り込むべき要素

  • 経営目標との紐付け:各施策がどの経営目標に貢献するかを明記
  • 概算予算:年度ごとのIT投資額の見通し
  • KPI:施策の効果を測る指標(例:ヘルプデスク対応時間の削減率、セキュリティインシデント件数)
  • 体制:各施策の推進責任者と外部パートナーの役割分担

よくある失敗パターン

❌ 経営層がIT戦略に関与しない

IT部門(または外部ベンダー)に丸投げし、経営層がIT投資の判断に関与しないパターンです。結果として経営目標とITが乖離し、「高いお金を払ったのに経営に役立っていない」という状況に陥ります。IT戦略は経営層とIT責任者が一緒に作るものです。

❌ ツール導入が目的化する

「DXをやらなければ」という漠然とした危機感から、業務課題の分析をせずにツールを導入するパターンです。ツールは手段であり、「何の課題を解決するのか」が先です。IT戦略のStep 1〜3を飛ばすと、ツール導入は失敗します。

❌ 計画は立てたが実行されない

立派なIT中期計画を策定したものの、日常業務に追われて実行が後回しになるパターンです。対策としては、四半期ごとの進捗レビューを経営会議のアジェンダに組み込むことが有効です。外部のITコンサルタントを「推進役」として巻き込むのも一つの手です。

❌ ガバナンスが形骸化する

セキュリティポリシーを策定したものの、誰も読まず守られていないパターンです。ポリシーは現場が理解し実行できるレベルまで具体化し、定期的な教育・訓練とセットで運用することが重要です。

BTNコンサルティングの支援

BTNコンサルティングは、中小企業のIT戦略策定からITガバナンスの構築・運用まで、経営の言葉で語れるITコンサルタントとしてお客様を支援します。

IT戦略策定支援

経営層へのヒアリングから、IT現状の棚卸し、課題の優先順位付け、3年間のIT中期計画策定まで一貫して支援します。経営目標とIT施策を紐付けた経営層に伝わるIT戦略書を作成します。

ITガバナンス構築支援

IT投資の承認フロー、セキュリティポリシー、IT資産管理ルール、インシデント対応フローなど、ITガバナンスに必要な規程類の策定を支援します。自社の規模に合った「重すぎないガバナンス」を設計します。

Microsoft 365を基盤としたIT統制の実装

策定したIT戦略・ガバナンスを、Microsoft 365の機能で技術的に実装します。Entra IDによる認証統制、Intuneによるデバイス管理、Purview DLPによるデータ保護、監査ログによるモニタリングなど、ポリシーをシステムで強制する仕組みを構築します。

CIO代行・IT顧問サービス

専任CIOを置くことが難しい中小企業向けに、社外CIO/IT顧問として経営会議への定期参加、IT投資の助言、ベンダーマネジメント、セキュリティ監督を行います。「情シス365」と組み合わせることで、戦略から運用まで一気通貫で支援します。

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まとめ

IT戦略は経営目標をIT施策に翻訳するもの、ITガバナンスはその実行を統制する仕組みです。この2つを車の両輪として整備することで、場当たり的なIT投資から脱却し、ITを経営の競争力に変えることができます。

中小企業においては、大企業向けフレームワークをそのまま導入するのではなく、自社の規模に合った簡素な仕組みから始め、PDCAサイクルで段階的に成熟度を高めていくアプローチが最も効果的です。