令和8年改正の概要

個人情報保護法は、デジタル社会の急速な変化に対応するため、3年ごとの見直し規定が設けられています。令和3年(2021年)の改正に続き、令和6年(2024年)から個人情報保護委員会で検討が進められてきた次期改正案が、2026年の通常国会に提出されました。

今回の改正は、AI・生体認証技術の普及やこどものインターネット利用拡大といった社会環境の変化を踏まえたものです。法案が成立した場合、公布後2年以内に施行されるため、2028年頃の施行が見込まれています。しかし、企業にとっては今から準備を開始しなければ間に合わない規模の改正内容です。

特に注目すべきは、日本版の課徴金制度が初めて導入される点です。これまで個人情報の取り扱いに違反した場合の罰則は刑事罰が中心でしたが、行政上の金銭的制裁が加わることで、企業の経営リスクが大きく変わります。

改正の5つの柱

今回の改正は、大きく5つの柱で構成されています。以下にその全体像をまとめます。

改正の柱概要影響度
課徴金制度の新設個人情報保護法違反に対する行政上の金銭的制裁を導入。違反行為の抑止力を強化極めて高い
こども個人情報の保護16歳未満の個人情報取得に保護者同意を義務化。年齢確認の仕組みも要求高い
団体訴訟制度の見直し適格消費者団体による差止請求に加え、損害賠償請求も可能に高い
生体認証データの規制強化顔認証・指紋認証等の生体データに関する取得・利用のルールを厳格化中〜高
個人情報の定義拡充オンライン識別子(Cookie、広告ID等)を個人関連情報として明確に位置づけ

これらの改正は、EUのGDPR(一般データ保護規則)やこども向けのデータ保護規制を参考にしており、日本のデータ保護法制が国際水準に近づく動きといえます。企業規模を問わず、すべての個人情報取扱事業者が対応を求められます。

課徴金制度の詳細

今回の改正で最もインパクトが大きいのが、課徴金制度の新設です。これまで個人情報保護法違反の制裁は刑事罰(懲役・罰金)が中心でしたが、立件のハードルが高く、実際に刑事罰が科されるケースは限定的でした。

課徴金の対象となる行為

  • 個人情報保護委員会の命令に違反した場合
  • 不正な手段で個人情報を取得した場合
  • 個人データの安全管理義務に重大な違反があり、大規模な漏洩が発生した場合
  • 要配慮個人情報の不正な取得・利用を行った場合

課徴金の金額

課徴金の金額は、EU GDPRの制裁金を参考に設計されています。GDPRでは違反の程度に応じて年間売上高の最大4%が課されますが、日本版では以下のような段階的な仕組みが検討されています。

  • 軽微な違反:是正命令+公表(従来通り)
  • 重大な違反:違反行為に関連する売上高の一定割合(上限あり)
  • 悪質な違反:より高率の課徴金+刑事罰の併科も可能

中小企業への影響

「うちは中小企業だから大丈夫」という考えは危険です。課徴金制度の導入により、以下のリスクが現実のものとなります。

  • 漏洩時のコスト増大:従来の対応費用(通知・調査・再発防止)に加え、課徴金という金銭的制裁が上乗せされる
  • 取引先からの要求強化:大手企業はサプライチェーン全体のコンプライアンスを求めるため、取引条件に個人情報管理の要件が追加される
  • サイバー保険の保険料上昇:課徴金リスクを反映し、保険料が引き上げられる可能性がある

こども個人情報の保護

こどもの個人情報保護は、今回の改正で新たに設けられる重要な規定です。スマートフォンやタブレットの普及により、16歳未満のこどもがインターネット上で個人情報を提供する機会が急増しています。

保護者同意の義務化

16歳未満のこどもの個人情報を取得する場合、保護者(法定代理人)の同意を得ることが義務化されます。これはEU GDPRの規定(加盟国により13〜16歳で設定)を参考にした制度です。

  • 対象となる事業者:ECサイト、ゲームアプリ、SNS、学習塾、教育サービスなど、こどもの個人情報を取得するすべての事業者
  • 年齢確認の方法:自己申告だけでなく、合理的な方法での年齢確認が求められる(具体的な方法はガイドラインで規定予定)
  • 同意の取得方法:保護者のメールアドレスへの確認送信、電話確認、クレジットカード認証など、確実な方法が必要

教育機関・塾等への影響

学校、学習塾、習い事教室、スポーツクラブなど、こどもの個人情報を日常的に扱う事業者は、業務フローの大幅な見直しが必要です。

  • 入会・申込フォームの改修(保護者同意の取得プロセスを組み込む)
  • プライバシーポリシーにこども向けの特別な記載を追加
  • データの保存期間の見直し(こどものデータは必要最小限の期間に限定)
  • こどもが成人した後のデータ処理に関するルール整備

中小企業のIT対応チェックリスト

法改正への対応は法務部門だけの仕事ではありません。ITシステムの見直しが不可欠です。以下のチェックリストを参考に、自社の対応状況を確認してください。

1. 個人情報台帳の見直し

まず、自社がどのような個人情報を保有しているかを正確に把握する必要があります。Excelやスプレッドシートで管理している場合は、以下の項目を網羅しているか確認しましょう。

  • 保有する個人情報の種類(氏名、メール、住所、顔写真、生体データ等)
  • 取得の目的と法的根拠
  • 保管場所(クラウド・オンプレミス・紙)
  • アクセスできる人・部署
  • 保存期間と削除ルール

2. データマッピング

個人情報がどこに保存され、どのように流れているかを可視化します。クラウドサービスの普及により、データが複数のSaaS間を横断するケースが増えています。

  • CRM、メール、ファイルサーバー、チャット等のデータフローを図示
  • 外部委託先(クラウドサービス、BPO先)への個人データの提供状況を確認
  • 海外サーバーへのデータ移転の有無を確認

3. アクセス制御の強化

個人情報へのアクセスを最小権限の原則に基づいて管理します。

  • 部署・役職に応じたアクセス権限の設定
  • 退職者・異動者のアクセス権限の即時削除
  • 多要素認証(MFA)の導入
  • 特権アカウントの管理強化

4. ログ管理の整備

課徴金制度の導入により、「いつ、誰が、どのデータにアクセスしたか」の記録が今まで以上に重要になります。

  • 個人情報へのアクセスログの取得・保存
  • ログの保存期間の設定(最低1年、推奨3年)
  • 異常なアクセスパターンの検知アラート設定

5. 暗号化の実施

  • 保存データの暗号化(At Rest)
  • 通信データの暗号化(In Transit):TLS 1.2以上
  • バックアップデータの暗号化

6. インシデント対応の整備

  • 漏洩時の報告フロー(個人情報保護委員会への72時間以内の速報、本人への通知)
  • インシデント対応チームの編成と連絡先リスト
  • 定期的な机上訓練の実施

7. 従業員教育

  • 全従業員への年1回以上の個人情報保護研修
  • 新入社員向けのオンボーディング研修
  • フィッシング訓練メールの実施
  • 誓約書の取得と定期的な更新

Microsoft 365での対応策

Microsoft 365を導入している企業は、標準機能を活用することで法改正への対応を効率的に進められます。追加コストを最小限に抑えながら、高いレベルのデータ保護を実現できます。

Sensitivity Labels(秘密度ラベル)

ドキュメントやメールに「個人情報」「機密」などのラベルを付与し、自動的に暗号化やアクセス制限を適用します。

  • 個人情報を含むファイルに自動でラベルを適用
  • ラベルに応じた暗号化・転送制限を自動適用
  • 社外への共有時に警告または自動ブロック

DLP(データ損失防止)ポリシー

マイナンバー、クレジットカード番号、メールアドレスなどの個人情報パターンを自動検出し、不適切な共有を防止します。

  • Teams、SharePoint、OneDrive、Exchange全体で統一的にDLPポリシーを適用
  • 個人情報を含むファイルの外部共有をブロックまたは警告
  • ポリシー違反のレポートを管理者に自動通知

Microsoft Purview

データの分類・ガバナンス・コンプライアンスを統合的に管理するプラットフォームです。

  • データマップ:組織全体の個人情報の保管場所を自動スキャン・可視化
  • コンプライアンスマネージャー:個人情報保護法への準拠状況をスコアリング
  • レコード管理:保存期間に基づくデータの自動削除

監査ログ(Unified Audit Log)

誰が・いつ・どのファイルにアクセスしたかを記録します。課徴金制度の導入により、監査証跡の保存は必須の対応です。

  • SharePoint、OneDrive、Exchange、Teamsのアクセスログを統合管理
  • 最大10年間のログ保存(E5ライセンス)
  • アラートポリシーによる異常検知

条件付きアクセス

Microsoft Entra IDの条件付きアクセスにより、個人情報へのアクセスを細かく制御します。

  • 社外ネットワークからの個人情報へのアクセスをブロック
  • 管理対象デバイスからのみアクセスを許可
  • リスクベースのアクセス制御(不審なログインを自動ブロック)

施行までのタイムライン

法案成立から施行までの期間を有効に活用し、計画的に対応を進めましょう。

時期イベント企業がすべきこと
2026年通常国会で法案審議・成立見込み改正内容の把握、現状のギャップ分析、予算確保
2027年政省令・ガイドラインの整備ITシステムの改修、個人情報台帳の更新、従業員教育の実施
2028年改正法の施行(見込み)運用開始、内部監査の実施、継続的な改善

特に2027年は、具体的なガイドラインが公表される重要な時期です。ガイドラインの内容に応じてシステム改修が必要になるため、2026年中にベースとなるIT基盤の整備を完了しておくことが理想的です。

まとめ

令和8年の個人情報保護法改正は、課徴金制度の新設、こども個人情報の保護義務化、生体認証データの規制強化など、企業に大きな影響を与える内容です。特に課徴金制度により、個人情報の漏洩・不正利用が直接的な金銭的リスクとなるため、経営課題として取り組む必要があります。

中小企業にとっては、まず自社の個人情報の保有状況を正確に把握し、ITシステムのアクセス制御・ログ管理・暗号化を整備することが急務です。Microsoft 365を活用すれば、Sensitivity Labels、DLP、Purview、条件付きアクセスなどの標準機能で、追加コストを抑えながら高いレベルのデータ保護を実現できます。

施行まで約2年の猶予がありますが、ITシステムの改修や従業員教育には時間がかかります。今から計画的に準備を進め、改正法の施行を万全の体制で迎えましょう。

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BTNコンサルティング 編集部

株式会社BTNコンサルティング|情シス365 運営

Microsoft 365・Google Workspace導入支援、IT-PMI(M&A後のIT統合)、セキュリティ対策を専門とするITコンサルティング企業。中小企業の「ひとり情シス」を支援し、ITの力で経営課題を解決します。